我が家の日曜日の外食は、決まって炭焼雷でした。
父は毎回、私と弟に聞いてくれます。
「今日の夕食は何が食べたい?」
「シズラーの焼肉!」
「おゝ井のおすし!」(叶ったことはありませんでしたが)
「ハングリーパンサーのハンバーグ!」
私と弟は、ここぞとばかりにリクエストをします。
でも、車に乗って着いた先は、いつも炭焼雷。
何をリクエストしても、雷。
毎回、雷。
だったら、聞かんかったらいいじゃん。
子ども心に、そう思っていました。
父は、広島に本格的な焼鳥屋をつくりたいという思いから、炭焼雷を始めました。
そんな父にとって、日曜日の家族との外食も雷だったのです。
焼鳥はおいしい。
でも、当時の雷には、〆のご飯ものがあったのか、なかったのか。
何かが足りない。
その「何か」を、父は探していたのかもしれません。
ある日、珍しく父が、私たち家族を釜めしの酔心に連れて行ってくれました。
雷じゃない!
それだけでも、私と弟にとってはちょっとした事件です。
ところが、本当の事件は食事のあとに起きました。
帰り際、父がスタッフの女性に言ったのです。
「この釜を持って帰る」
「お客様、これは売り物ではありません」
「いや、持って帰る」
え?
釜を?
私たちが今、食べた、この釜を?
もちろん、スタッフの方は困っておられます。
別のスタッフの方も来られて、持ち帰りはできないと説明してくださいました。
でも、父は席を立ちません。
「買っって帰る」
父の返事は変わりません。
母と私と弟は、もう、いたたまれない。
お願いだから、帰ろうよ。
さっきまでおいしく釜めしを食べていたのに、今は一刻も早く店を出たい。
恥ずかしいやら、申し訳ないやら。
汗がたくさん出たことを覚えています。
でも、父は動かない。
釜が欲しい父と、帰りたい家族。
同じテーブルに座っているのに、目的がまったく違うのです。
最後には支配人の方ともお話しして、父は釜を持って帰りました。
新品の釜ではありません。
釜めしを炊いた、焦げ目のついた釜です。
おそらく、特別にお願いして購入させていただいたのだと思います。何しろ、ずいぶん昔のことで、そのあたりの記憶は曖昧です。
それにしても、あの父。
子どもたちの食べたいものは、いくらリクエストしても聞いてくれなかったのに。
自分が欲しい釜は、どうしても持って帰る。
まったく、困った父です。
その後、父がどのように商品化を進めたのか、私は知りません。
何しろ、当時は店の仕事に関わっていませんでしたから。
でも、いつの間にか雷のメニューには「釜めし」が加わっていました。
そう。
これが、私の記憶に残る、雷の釜めしのルーツなんです。
あの日は、母も弟も私も、恥ずかしくてたまりませんでした。
今思えば、酔心の皆さんにもずいぶんご迷惑をおかけしたのではないかと思います。
酔心さん、あのときは父の無理なお願いを聞いてくださって、本当にありがとうございました。
この記事を書いた人

村井 由香(むらゆか)
株式会社キャピタルコーポレーション 代表取締役
幼いころ、父に連れられて訪れた炭焼雷。大人たちに混じってカウンターに座り、一人前のお客様として接してもらったときのワクワクした気持ちは、今も忘れられない。2005年に創業者である父の入院をきっかけに専業主婦から代表取締役に就任。経営の知識も覚悟も十分ではないまま社長となり、父との別れ、2009年の店舗火災など、幾つもの困難に直面する。そうした経験を経て、社員とともに会社をつくる経営へと転換。創業以来の味と技術を受け継ぎながら、時代に合わせた店づくりや新たな商品開発にも取り組んでいる。
「雷ばなし。」では、幼いころの思い出から経営者としての経験まで、炭焼雷のこれまでとこれからを、自身の言葉で綴っていく。
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